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▼プロフィール
PMCC認定プロジェクトマネジメントスペシャリスト
近藤悦康(こんどう よしやす)さん 25歳
1979年12月 岡山県出身
1998年4月 千葉工業大学入学
2002年3月 千葉工業大学工学部プロジェクトマネジメント学科卒業
2002年4月 アチーブメント株式会社入社
2002年4月 千葉工業大学大学院工学研究科博士課程前期経営工学専攻入学
2004年3月 千葉工業大学大学院工学研究科博士課程前期経営工学専攻修了
 現在は、人材教育コンサルティングのアチーブメント(株)コーポレートコンサルティング部でコンサルタントとして、企業の組織活性のための人材採用と人材育成のコンサルティング業務を実施。
  また、大学生向けの就職支援セミナー「ACHIMAP」や、実践型インターンシップ「ACHISIHP」を企画・運営し、受講生は延べ2,000名を超える。阪南大学では、就職支援講座「ビジネス即戦力セミナー」の講師も務めている。




 「僕の夢は、教育のテーマパークを創ること!!」                 
 そう話してくれるのは、アチーブメント株式会社の社員、近藤悦康さん(25)。
 初対面の相手でも、思わず打ち解けてしまうような柔らかい雰囲気を持つ近藤さんだが、普段から数多くのプロジェクトを同時にこなしているハードワーカーでもある。
 インタビューの最中も、携帯電話には何度も仕事の電話がかかってくる。そんな仕事の忙しい合間を縫って、今回私たちのために時間を割いてくださった。そんな近藤さんに、彼の怒涛の学生時代のこと、アチーブメントとの出会いについて、ご本人の口からお話を伺った。

>>近藤さんの、学生時代の一番の思い出と、どのような学生時代を過ごされてきたのかお話いただけますか?

 僕の学生時代の一番の思いでは、高校の文化祭で“塔”を建てた事です(笑)。僕は、ゼロから何かを作り上げる事、そしてそれを達成することに、非常に充実感を感じています。
 高校に入学した当初、そこは進学校だったのですが、学校の勉強に挫折をしてしまい、テストでは赤点。10年近くやっていた野球を辞め、授業もやりがいを見いだせず、学校に行くのが憂鬱になってしまいました。
そんな時、5年間、闘病生活をしていた父が亡くなり、「生きる」という事は何なんだろう?生きる価値があるのだろうか?死んだ方が良いのかもしれないと、部屋に閉じこもる毎日を送っていました。
 そんな高校1年の時に、「書道」に出会いました。僕の出逢った書道というのは、単に文字を描くような書道ではなく、「文字に思いを込める」そういった書道だったのです。この書道に出会った事で、「自分はもっと自由に表現していいんだ」「1+1=2ではない世界もあるんだ!!」と生きる事の意義が見出せなかった毎日に希望が見え始め、目が覚めるような気分を味わいました。
 それから僕は芸術家になりたい!と毎日作品を書きつづけました。そのときに、好きだった芸術家、岡本太郎の作品の1つである「太陽の塔」を大阪に見に行きました。その塔を見た瞬間、「俺も塔を建てたい!」って思いました。そこで、高校の文化祭がちょうど50周年だったこともあり、記念に塔を建てさせて欲しいと学校に頼みました。先生たちは、最初は無理だと、相手にすらしてくれませんでした。その反応は当然ですが、無理だと言われると、絶対成し遂げたくなる自分がいました。
 同級生、教員、建築家、政治家、地元の教育委員会といったありとあらゆるコネを使い、必死で塔を建てたいんだという意志を伝え、教員会議の話し合いの中で「せっかく学生が文化祭でやろうということを学校で応援した方が良い。」という結論をいただくことができました。その建てることへのゴーサインが出てから、文化祭までは、わずか10日間しかありませんでした。それなのに、校則では夜9時には帰らなければなりませんでした。それでは、当然作業が間に合わないので、一旦家に帰り、翌日の深夜0時01分に学校に集合し10人で夜通し作業をしました。何時から学校に来てはいけないという校則はありませんでしたから(笑)。それはもう、怒涛の10日間でした。

>>大学はどのように選ばれ、どんな風に過ごされましたか?

 高校時代に塔を建てた経験から、将来は何かをプロデュースする仕事がしたいと思い、大学を探しました。しかし、僕のやりたい事を学べる大学がなかなかありませんでした。どうしようか迷いながら、あるとき、ふと本屋さんに立ち寄りました。そこで偶然手にした雑誌に、千葉工業大学「プロジェクトマネジメント学科」設立という記事がありました。それを見た瞬間、「この大学が僕を呼んでいる!!」と直感で感じました。プロジェクトマネジメントとは、ヒト・モノ・カネ・情報・時間などをいかに効果的に活用し、目標とする成果物を達成するかという技術です。この学問は、これから世の中で絶対に求められる学問になる!と素直に感じたのです。そこで、この学校に行きたいという事を母に告げましたが、母には大反対されました。
 何度も何度も話し合い、最後に僕は母にこう言いました。「東大をトップで卒業するのと、千葉工大をトップで卒業するのと、どっちが社会で活躍するかは分らないでしょ。だから、千葉工大で絶対にトップを目指すから行かせて欲しい!!」
 その強い決意を感じ取ってくれた母は、それならばと大学に進学させてくれました。大学に入ってからは、机上で勉強しているだけでは、何も身につかない。実践をするべきだと思い立ち、サークルや学生団体など5つの組織のリーダーを務め、イベントを数々企画しました。その中でも1番の思い出に残っているのは、“文化の祭典”という、イベントを創ったことです。

>>文化の祭典のエピソードをお聞かせいただけますか?

 文化の祭典の為の組織創りと、大学の認可をとるのに、2年かかりました。許可を取ってからは、大学から倉庫のような部屋を借り、本当にゼロからのスタートをきりました。なぜ、僕が大学祭とは別に祭りを作ろうと思ったかというと、「大学祭を超えるようなイベントがしたい。大学生のみならず、地域の住民やサークル、団体も巻き込んだ一大イベントを開催したい」と思ったからです。その当時は、大学からもらえる予算は、非常に微々たるものでしたので、資金調達、コスト削減には徹底的にこだわりました。限られた資源の中で、高いパフォーマンスをだすには工夫がやはり必要と考え、協賛をいただく企業を増やすために、4ヶ月間飲み会する時は領収証を発行してもらい、その宛名に“文化の祭典実行委員会”と書いてもらうように、実行委員やサークルに呼びかけました。そうすることで、店の店員さんに文化の祭典という印象を植え付けたかったからです。そうやってしばらくたってから、「いつも利用させていただきお世話になっています」と協賛の交渉に行くと話がスムーズに進みますから。
 なぜ協賛企業を増やそうかと考えたかというと、協賛企業が増えれば、チラシを置いてもらえたり、ポスター貼れたりと、PR効果が非常にでてきます。街を歩いたら最低100メートルおきには、イベントPRがあるように戦略を練りました。その他にも、町に貼るポスターを10枚に1枚は逆さに貼りました。そうすると、「間違えて逆さに貼ってあるよ」という電話がかかってくるようになりました。でもこれもPR戦略の一つです。こういった努力の結果、来場者3500人、協賛企業70社、満足度86点のイベントを創ることができました。今では後輩が引き継いで、祭りを盛り上げ続けていってくれています。

――高校時代・大学時代と「より大きなものを、たくさんの人の力を借りて創る」という魅力に惹かれた近藤さん。彼は、大学卒業後、自分の価値を高めたい!と考え、大学院に進もうとした。そんな彼がアチーブメントに入社したきっかけは何だったのか。

>>近藤さんの就職活動についてお話いただけますか?

 僕は、就職活動はしようとも思いませんでした。なぜなら、価値の高い人間になれば、どこの会社でもいつでも入社できると思っていたからです。大学を卒業したら、もっと自分の価値を高めるために勉強や実践がしたかったので、大学院へ進むつもりでした。  
 しかし、大学4年生の春に、クオリティキャンプという、アメリカの少年院に入った子供を社会復帰させるための、野外教育プログラムの日本体験会に参加しました。そこで、アチーブメントの青木仁志(あおき・さとし)社長と出会った事がきっかけで、僕の人生は大きな転機を迎える事となりました。このキャンプは日本リアリティーセラピー協会が主宰していて、彼はその専務理事でした。そのキャンプに参加している間は、お互いをあだ名で呼び合うので、社長ということも全く知らずに“さとちゃん”“近ちゃん”と呼び合っていました。キャンプ2日目の夜に、食事の後2人で話をしてると、青木社長に、「近ちゃんはところで何をしているの?」と聞かれたので、プロジェクトマネジメントの話やイベント企画の話をしました。その話に青木社長が非常に興味を持ってくれました。青木社長は社会人に対して目標達成研修の講師を当時15年されていましたから、プロジェクトマネジメントの考え方や、それを実践していることにとても共感していただいたのだと思います。
 キャンプが終わった後に、3回食事に誘っていただきました。その時に、アチーブメントで働かないかと、誘っていただきました。でも、始めの2回はお断りしました。僕は大学院で、もっとプロジェクトマネジメントを勉強したかったからです。しかし、3回目の食事で、「大学院に行きながら正社員として働くことはできないのか!?」と提案されました。理論と実践が同時にできることは自分を大きく成長させられると感じたことと、自分が今までやってきたことが活かせるフィールドがあると感じ、アチーブメントに入社しようと決めました。

>>アチーブメントに入った時、どのような事を意識していたのですか?

 入社したからには、とことん働こうと常に意識していました。アチーブメントは、大卒での採用は僕が初めてだったので、新卒でどこまでの仕事をこなせるか未知だったと思います。ですが僕は、会社にとって必要で、他の社員にはできない自分だけの価値を創ることを考え、実践し続けました。つまりは、ポジションを与えられるのを待つのではなく、自分でポジションを作り出そうと発想したのです。なぜならば、他の人ができることは他の人がやればいいわけで、自分の存在意義を高めるには、やはり自分にしかできない高い価値が生み出せなくてはならない人材になることが肝心だと思ったからです。それで僕は、人の2倍以上働き、自分で自分を成長させていこうと取り組んできました。
 それだけではなく、一人で出来る事には限界があるので、「いかに、社員の人に可愛がってもらえるか」という事も考えました。社会経験のない僕にとっては、社員のみなさんが良き先輩であり、いろんなことを吸収させていただこうと思いました。

>>先輩から上手く吸収する秘訣などを教えていただけますか?

 人生の先輩であるという謙虚さを忘れずに、年下という概念を切る事です。つまりは、先輩に対して「同僚」とか、「仲間」だという意識をもつことです。僕の言う“仲間”というのは、お互いが持っているものを教え合うような、イーブンイーブンの関係のことです。相手が持っていないものを与えられれば、年下であっても、相手の師になれます。お互いが得られるものがないと、決して、“一緒にいたい”とか、“一緒に仕事したい”とか、思えませんから。自分がもらった分だけ、相手にあげないといけません。
 例えば、僕が2ぐらいの価値のものをもらうとしたら、相手には5ぐらいの価値をあげて、やっと目線がイーブンになります。その位を相手にあげることが出来れば、「こいつやるな!」と思ってもらえます。そう思ってもらえたら、どんどん高いレベルの事を教えてくれるようになります。

―― アチーブメントに入社し、一番初めにした事というのが、“自分だけの価値作り”“人間関係作り”という近藤さん。では、具体的な仕事面で大切な事というのは何だろうか。

>>会社に入って一番大切にしてきたことは何ですか?

 会社に入ったら、とにかく価値の高い結果、つまりは成果を生み出すことが一番大事です。例えば、人事で採用業務をするとなると、「新卒採用を成功させるために他社にコンサルティングを依頼したら、仮に1億円かかるとしたら、その仕事をしている自分には1億円近い価値があるのだ。」とか、普段から自分の生み出している価値が、どのくらいのものなのかを意識して仕事に取り組むことはとても大切です。
 入社してすぐには、仕事を覚えたり、会社のことを掴んだりするのに時間がとられますが、入社して1年位すると、自分が生み出せる付加価値の高い仕事を自分で選択していくセンスをもつことが重要になっていきます。いつまでたっても、言われた事とか、価値の低い仕事しか出来なければ、自分のポジションを創りあげることはできません。社会が必要としていることは何か、自分には何が求められ、今自分には何が出来るのかという問いかけを常に行なう事です。役に立つ仕事をたくさんしている人に、チャンスは必ず訪れてくるものなのです。

>>ご自分でポジションを創ることで、近藤さんがしてきた仕事についてお話いただけますか?

 最初に提案し、実行できたのが、インターンシップの導入です。当時は社長も社員も、インターンシップの存在自体を知りませんでした。学生でも10人に1人がインターンシップの存在を知っているかどうかという程度だったのです。そこで、僕はインターンシップをするメリットを、役員会議の場でプレゼンテーションしました。その結果、無事採用され、「アチシップ」というインターンシップをスタートすることになりました。今までにないインターンシップを創りたいと思い、その当時はどの会社も実施していないスタイルの「利益報酬型」の長期インターンシップを企画しました。当時のアチーブメントは学生には無名の会社でしたが、今までに無いユニークなプログラムだったので、新聞や雑誌アエラにも取り上げられ、今では弊社のインターンシップは多くの学生に認知されるようになってきました。(参考資料:http://www.achievement.co.jp/achiship/

>>アチーブメントに初めて導入したインターンシップ「アチシップ」はどうなりましたか?

 インターンシップの募集をかけたら、17のエントリーがあって、7人が面接に来てくれました。もちろん全員合格。落とせないですよ(笑)。そして、集まった学生が企画したイベントが「どんとこい!営業職」です。学生にとって営業に対するイメージはあまり良くありませんでした。やりたい業種ランキングでは、営業職は19位くらいでした。でも、本当の営業マンというのは、プロフェッショナルなのです。すごく魅力的な人だし、押し付けがましく売る事なんてしないし、相手のためになる商品を紹介しているのです。そういう、本物の営業マンに会える機会を創ろうというイベントでした。
 そこで、どうせやるなら「どんといこうぜ!!」ということで、100万円位使って、東京ビックサイトのホールを貸し切りました。イベントそのものは上手くいき、満足度も高かったのですが、協賛企業を集めて利益をだすという目標は果たせず、結局50万円位の赤字をだしてしまいました。
 その時の、僕のボーナスは5万円位しかありませんでした。なんか少ないな?と思っていたら、「赤字出したからね」って言われて、「そうですね」って。何も言えませんでした(笑)。入社1年目の7月に、社会の厳しさを改めて知りました。

―― インターンシップの導入という、初めての大きなプロジェクトをこなすという事は、相当な苦労があったことだろう。しかし、それを見事にやりきった近藤さん。なぜ彼は挫ける事なく仕事をこなすことができたのであろうか。

>>近藤さんが仕事をしていく上で、軸となるものを教えていただけますか?

 「自分の価値を高めたい」という事ですね。自分の価値が高まれば、会社にとっての価値も高まりますから。自分を高めるには、自分に対して、負荷をかけないと出来るようにならないと思っています。プロのアスリート選手が筋トレをするのと一緒です。価値を高める価値トレが必要なのです。
 現在、僕が抱えているプロジェクトは10を越えていますが、それを同時進行で動かしています。自分の能力の限界までチャレンジすることで、初めて見えてくるものがあったり、ステージが上がったりするからです。だから、どんなに大変でも絶対に「大変だ」とか、「忙しい」とは言いません。苦痛にも感じません。なぜならこれが、成長のチャンスですから。

>>今後どういった事をしていきたいですか?

 まずは、自分のチームメンバーになる新入社員達に、「何でそう思うのか?」という思考トレーニングをする事です。僕の普段の判断基準を伝える事が第一の課題です。判断基準が僕と一緒なら、安心して、どんな仕事でも任せられますから。
 その次が、価値の高い仕事をいただけるような提案をする事と、誰でも売れる商品を創ることです。そして、チームのプロジェクトマネジメントを本格的にすることです。僕の本当の得意分野は、プロジェクトマネジメントですから。スケジューリングや進捗の管理など、僕が指揮者になって、メンバーを活かすことで、成果を創っていく。そんな仕事がしたいですね。
 そのためには会社の中で自分がステージを上げていかなければいけないと思っています。僕は4年刻みで自分のステージを設定していて、28歳までにチームをもち、核となる事業を回せるようにしたいと思っています。28歳からはマネジメントに専念し部長クラスになり、31歳から33歳の間で経営者になる、そんな年齢設定をしています。ですから、24歳〜28歳は、僕の人生の中でも最も大切な4年間だと感じています。

>>それでは最後に学生へのメッセージをお願いします。

 ありきたりの就職活動ならしない方が良いと思います。それよりも、自分の価値を高める事を優先した方が良いのではないかと思います。価値がないのに企業にプレゼンテーションできるでしょうか。厳しい事を言いますが、学生に対して“価値”を感じないと企業は採用しません。ですから、もし自分の価値が高くないと感じたら、価値を高める取り組みを今直ぐにでもすることをお勧めします。もしくは、「今はまだ、価値が低いけれども、絶対にここまでの価値を高めます。御社に入ったら、これだけの取り組みをして、絶対に誰よりも働きます!」という高いエネルギーをもって取り組むことにコミットメントして入社することです。
 若いときに苦労して歳を重ねたときに余裕を持つか、若いときに楽をして、歳を重ねたときに苦労するのか。僕は前者を望みます。若いうちに、徹底的にこだわって自分を磨き、そして人の協力をもらえる器のある人間性を身につけることです。そのためには、一分一秒も無駄にできないはずです。1日24時間何を選択するかは自由です。しかし、人生は平等にもっている時間を何に使うかで変わっていきます。一度しかない限られた時間の中で、どんな人生を描きたいかを良く考えた上で、働く会社、手にする仕事を明確にしていくと充実した毎日が送れると思います。


 周りを巻き込みながら、常に大きな事にチャレンジし、成功させてきた近藤さん。
 「35歳〜45歳には教育のテーマパークを創りたい」という大きな夢も、彼なら成し遂げてしまうのではないだろうか。十数年後には、休日に家族や友達でにぎわう、教育のテーマパーク「アチランド」が完成している光景を私達は思い浮かべています。
 お忙しいところ、本当にどうもありがとうございました。


記事執筆:大木梨沙
インタビュー:大木、新治
インタビュー日:2004年12月14日

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